東京地方裁判所 平成9年(ワ)9933号 判決 1999年3月01日
原告
西部運輸株式会社
被告
東毛トラック株式会社
ほか二名
反訴原告
東毛トラック株式会社
反訴被告
西部運輸株式会社
主文
一 被告東毛トラックは、原告に対し、金一八三万六五三二円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告は、被告東毛トラックに対し、金七一万〇二二三円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告及び被告東毛トラックのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告東毛トラックとの間においては、五分の一を原告の負担とし、その余は被告東毛トラックの負担とし、原告と被告ケー・エフ・シー及び被告テイケイフォースの間においては、全部原告の負担とする。
五 この判決は、原告及び被告東毛トラックの勝訴部分について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
被告らは、原告に対し、連帯して金二五六万三一六五円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
原告は、被告東毛トラックに対し、金三五二万一一一八円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、信号機の設置されていないT字型交差点において、片側二車線の道路の左側車線(右側車線は工事中で通行できず、交通誘導員による交通整理が行われていた。)を直進してきたトラックが、その左方から、交差道路を左折しようとした大型トラックに衝突した交通事故について、左折しようとした大型トラックを所有する会社が、直進してきたトラックを所有する会社と、右の工事を請負った会社及び従業員に交通誘導にあたらせていた会社に対し、車両損害等の損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(事故車両の車種については甲一)。
(一) 発生日時 平成八年一〇月一五日午後一〇時一〇分ころ
(二) 事故現場 埼玉県浦和市大字高畑七三三番地先路上(国道一二二号線のT字型交差点)
(三) 事故車両 原告が自己のために運行の用に供し、松本真司が運転する大型貨物自動車(福山一一う二五二七、以下「西部車両」という。)と、被告東毛トラックが所有し、その従業員である小林智司が運転する普通貨物自動車(群馬一一え三五三二、以下「東毛車両」という。)
(四) 事故態様 事故現場であるT字型交差点において、一時停止標識の設置されている交差道路を左折しようとした西部車両と、直進してきた東毛車両が衝突した。
2 被告ケー・エフ・シーは、日本道路公団から、国道一二二号線に隣接する東北自動車道の遮音壁設置工事(以下「本件工事」という。)を請け負った。被告テイケイフォースは、被告ケー・エフ・シーから一社を介してさらに下請けをした新栄産業株式会社の委託を受け、本件事故当時、事故現場付近の工事現場に警備員を派遣して交通誘導にあたらせた(丙一、五、証人三好吉太郎)。
二 争点
1 原告及び被告東毛トラックの責任原因・過失相殺
(一) 原告の主張
松本真司は、西部車両を運転し、本件交差点の交差道路を交通誘導員の松岡久吉の誘導に従って左折を開始した。ところが、右方から、小林智司が運転する東毛車両が、松岡久吉の停止の合図を無視して進行してきて左折途中の西部車両に衝突した。
したがって、小林智司には、交通誘導員の誘導に従わず、あるいは、これを見誤って本件交差点に進入した過失があるから、民法七〇九条に基づき不法行為責任を負う。そして、この使用者である被告東毛トラックは、民法七一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告東毛トラックの主張
松岡久吉は、停止の合図ではなく進めの合図をした。小林智司は、それに従って東毛車両を進行させたところ、西部車両が、左方の交差道路から一時停止標識を無視して本件交差点に進入してきた。したがって、小林智司には過失はない。
仮に、松岡久吉が東毛トラックに対し、停止の合図をしたとしても、それは、小林智司が進めの合図と見誤るような不完全なものであった。そして、被告ケー・エフ・シーは、本件工事における道路使用許可条件として、交通整理誘導員を二名以上配置することが要求されていたのに、松岡久吉一名しか配置していなかった。本件事故は、こうした交通誘導員の不適切な合図と、本件工事を請け負った会社の道路使用許可条件違反が重なって生じたものであり、小林智司には過失はない。
仮に、小林智司に過失があるとしても、本件事故に寄与した過失割合はせいぜい二割であり、松本真司には八割の過失がある。
2 被告テイケイフォースの責任原因
(一) 原告の主張
被告テイケイフォースは、事故現場付近の本件工事に松岡久吉を派遣した。松岡久吉は、事故現場の交通誘導を行い、交差道路を進行してきた西部車両を左折させたのであるから、直進してくる走行車両に合図を確実に認知させ、本件交差点の手前で完全に停止させる注意義務があった。ところが、松岡久吉は、これを怠り、小林智司が進行の合図と見誤るような不完全な停止合図をした。したがって、松岡久吉には過失があるから、この使用者である被告テイケイフォースは、民法七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告テイケイフォースの主張
松岡久吉は、本件交差点の交差道路を進行してきた西部車両に左折を開始させた後、国道一二二号線の車線上に立って、本件交差点に向かってくる車両の警戒をした。その後、走行してくる東毛車両を認識し、停止の合図を送り続けた。ところが、東毛車両は、それに従わず、クラクションを鳴らした上、時速六〇キロメートルから七〇キロメートルで減速することなく直進してきて本件事故を発生させた。
このように、松岡久吉は最善の方法を尽くしたものであるから、過失はない。したがって、被告テイケイフォースに、原告に生じた損害を賠償する責任はない。
3 被告ケー・エフ・シーの責任原因
(一) 原告の主張
被告ケー・エフ・シーには、本件事故現場に少なくとも二名の交通誘導員を配置し、誘導灯を長くしたり、誘導員に停止の旗を使用させるなどして、走行車両に確実に認知させ、本件交差点の交通の安全を図る義務があった。ところが、被告ケー・エフ・シーは、これを怠り、交通誘導員を一名配置したのみで、小林智司に停止の合図を徹底させなかった過失がある。
したがって、被告ケー・エフ・シーは、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
また、松岡久吉には前記のとおりの過失があり、被告ケー・エフ・シーの被用者といえるから、被告ケー・エフ・シーは、民法七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告ケー・エフ・シーの主張
被告ケー・エフ・シーは、事故現場付近に二名の交通誘導員を配置していたし、一社を介した下請け会社である新栄産業株式会社が、信頼のおける警備専門の会社である被告テイケイフォースに事故現場周辺の交通の整理誘導を委託したものであるから、被告ケー・エフ・シーには過失はない。
また、被告テイケイフォースの反論と同様に、松岡久吉に過失はないし、同人を指揮監督する関係にもない。したがって、これを前提とする民法七一五条一項に基づく責任も負わない。
4 原告及び被告東毛トラックの損害
第三争点に対する判断
一 原告及び被告東毛トラックの責任原因・過失相殺(争点1)
1 事故態様について
(一) 前提となる事実、証拠(甲六~一〇、乙四、五、丙一、四、五、丁一~八、証人松本真司、松岡久吉、三好吉太郎、小林智司)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 事故現場は、埼玉県岩槻市方面(北方向)から川口市方面(南方向)に、東北自動車道に沿って走る国道一二二号線上であり、事故現場付近は、川口市方面へ向かう二車線となっていた(この道路を、以下「本件道路」という。)。進行方向に向かって左側(東側)が走行車線、その右側(西側)が追越車線であり、そのさらに右側(西側)に隣接して東北自動車道上り線が走っている。事故現場付近は、東方向からの道路(以下「交差道路」という。)が本件道路に交わって突き当たるT字型交差点(以下「本件交差点」という。)であるが、信号機は設置されていない。交差道路側には、一時停止標識が設置されていて停止線が引かれている。この停止線のすぐ西側には、交差道路の横断歩道があり、交差道路の延長線の北側に沿って、本件道路及び東北自動車道に陸橋が架かっている。事故当時、交差道路の北東角は、この陸橋の工事が行われていて、橋桁の周囲にフェンスが設置されシートが掛けられていたため、交差道路の停止線に沿って停止すると、右方向(岩槻市方面)の見通しは極めて悪かった。また、事故当時、事故現場付近は、本件工事が行われていたため、本件交差点から北側に二〇〇メートル、南側に四〇〇メートルほどの範囲で、カラーコーンが車線の区分線に沿って二〇メートル置きに設置され(ただし、交差道路から左折しやすいように、交差道路の正面付近の一、二本は外してあった。)、この範囲の追越車線側を通行することはできなかった。なお、本件道路は、岩槻市方面から進行してくると、まず本件交差点の手前約一〇〇メートルの地点までは上り勾配となり、そこからは、本件交差点に向かって下り勾配となっており、進行方向正面の見通しは良好である。また、本件交差点付近には、水銀灯と、高速道路側を照らしている街路灯が設置されていた。
事故当時、本件交差点では、被告テイケイフォースの従業員である松岡久吉が、夜光塗料が塗布されているヘルメットと、自光式の夜光チョッキを装着した上、赤い電気が点滅する誘導灯を持って、交通整理を行っていた。
(2) 小林智司は、平成八年一〇月一五日午後一〇時一〇分ころ、群馬県の青果センターから東京都内まで野菜を運搬する業務のため東毛車両(四トン車)を運転し、本件道路を時速六〇キロメートルから六五キロメートルで走行して本件交差点手前の上り坂にさしかかった。
他方、原告の従業員であった松本真司は、そのころ、原告の業務のために西部車両(一〇トン車、車長一二メートル弱)を運転し、埼玉県浦和市から東京都内へ向かうため、交差道路を走行して本件交差点の手前にさしかかった。交差道路には、本件交差点から二、三台の自動車が停車しており、それらは、松岡久吉の誘導に従って、本件交差点を一台ずつ順に左折した。そして、西部車両が先頭になったが、松岡久吉が、その正面のカラーコーンの追越車線側に立ち、誘導灯を頭部の前方に斜めに立てて停止の合図をしたので、松本真司は、大回りで左折するに備え、やや右寄りに停止線に沿って西部車両を停車させた。松岡久吉は、岩槻市方面の起伏の山頂に自動車のライトの光が見えなくなるのを確認した上で、西部車両に対し、身体の正面を向けて誘導灯を右回りに回して左折を促した。松本真司は、岩槻市方面の見通しが悪かったので、大回りをするためにハンドルをやや右に切って横断歩道付近まで前進して再び停止し、自ら右方の確認をした。松岡久吉も、再度岩槻市方面から走行してくる車両を確認したが、それは存在しなかったため、誘導灯を回し続けて左折を促した。松本真司は、それに従って、もっぱら、左側の巻き込みを確認しながらハンドルを左側に四、五回切って左折を開始した。
(3) 松岡久吉は、西部車両の車長が長く、左折するのに時間がかかることなどから、岩槻市方面から本件道路を走行してくる車両が存在したらすぐに停止させることができるように、小走りで一〇メートルくらい岩槻市方面寄りに移動し、走行車線上に立った。そこへ、岩槻市方面から、東毛車両が、本件道路の起伏の頂上へ進行してきたので、松岡久吉は、東毛車両に対し、誘導灯を頭上に高く上げて左右に振った上で、両手を交差させて、それを左右に広げる形で停止の合図をした。しかし、小林智司は、それを、進めの合図と誤解してそのままの速度で走行し、本件交差点の手前五〇メートルほどの地点において、左折している西部車両を発見し、クラクションを鳴らすとともに、松岡久吉が停止の合図をしていることに気づいた。松岡久吉は、停止の合図を出し続けていたが、東毛車両がそのまま進行してくるので、追越車線側へ飛び退いて避難した。小林智司に、急ブレーキをかけてハンドルを若干右へ切ったが間に合わず、本件交差点の車線区分線付近において、東毛車両の左前部が西部車両の右運転席側ドア付近に衝突した。
(二) この認定事実に対し、証人小林智司は、次のとおり供述する。すなわち、本件道路が下り坂になる付近において、本件交差点の少し手前の追越車線側にいる交通誘導員を発見した。その誘導員は、小林智司に向かって四五度くらい左側(北東方向)を向いて、誘導灯を顔の前で左右に振っており、行けの合図であると理解した。そのまま時速六〇キロメートルほどで進行して、本件交差点の一五メートルほど手前にさしかかったところ、左方から西部車両が急に飛び出してきたので、急ブレーキをかけてクラクションを鳴らしたが間に合わなかった。
しかし、証人小林智司は、交通誘導員の様子について、主尋問においても、行けの合図を見た後は、よく見ていないと供述する一方で、本件交差点に近づいても誘導灯の振り方は変わらなかったと供述したり、反対尋問において、行けの合図を見た後に誘導員に気づいたのは、衝突寸前であると供述するなど変遷があり、あいまいな供述に終始している。そもそも、小林証言に従えば、松岡久吉は、交差道路の進行車両に注意を向けることなく東毛車両を進行させたか、あるいは、西部車両が、松岡久吉の停止合図に従わずに飛び出したことになるが、前者は、交通誘導の仕事をしている以上、まず考えにくいし(交差道路から車両が進行してきたら、事故になることは必至である。)、後者は、証人松本真司、松岡久吉のいずれも、松岡久吉が西部車両を左折させる合図をしたことで一致した供述をしていることから考えられない。そうすると、松岡久吉が、小林証言のような行動を取ったとは、まず、考えにくいといえる。さらに、西部車両を発見した地点について、小林智司は、原告が有限会社アイ・エス・コーポレーションに依頼した事故発生原因調査において、本件交差点の約五〇メートル手前であるとして、右証言と異なる説明をしている(甲一〇)。
このように、小林証言には、看過できない疑問が多く採用できない。
2 責任原因・過失割合について
1(一)の認定事実によれば、小林智司は、少なくとも、本件道路の起伏を上る段階で、本件道路が工事中で一車線になっていることを認識できたのであるから、夜間であることを併せて考えると、前方を十分に注視して、制限速度内で、かつ、事情に応じた速度で走行する注意義務があったというべきである。しかし、小林智司は、それを怠り、起伏を下る際には、すでに前方に西部車両が左折を開始し始め、かつ、松岡久吉が停止の合図をしていたにもかかわらず、それを十分注視しなかったためか、進行の合図と見誤った。そして、そのまま、漫然と時速六〇キロメートルから六五キロメートルの高速で、松岡久吉が出し続ける停止の合図や左折をしている西部車両に気づくことなく走行し(この間、これらに気づかなかったのは不可解であるが、工事現場に気をとられた可能性が高いと思われる。)、西部車両の発見が遅れて本件事故を発生させた重大な過失がある。そして、本件事故は、小林智司が被告東毛トラックの業務の執行中に起こしたものであるから、被告東毛トラックは、七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
他方、松本真司も、交差道路には一時停止標識が設置されている上、岩槻市方面の見通しが悪く、しかも、運転していた西部車両が、左折するのに時間がかかる車長の長い車両であったのであるから、交通誘導員の指示に従うだけではなく、本件交差点内に徐々に進出し、右方の安全を十分に確認して左折する注意義務があったというべきである。しかし、松本真司は、それを怠り、自らもいったんは右方を確認したものの、その後は、松岡久吉の指示を過信し、もっぱら、左方の巻き込みのみを注意した。その結果、東毛車両のクラクションを聞くまでその接近に気づかず、後退などの対応が不可能なほどに左折を進行させ(松本真司が、右方の確認をし続けていれば、左折を開始してまもなく東毛車両を発見し、場合によって後退するなどの対応ができた可能性がある。)、本件事故を発生させた過失がある。そして、本件事故は、松本真司が原告の業務の執行中に起こしたものであるから、原告は、七一五条一項に基づき、被告東毛トラックに生じた損害を賠償する責任がある。
そして、本件事故の態様、これらの過失の内容及び程度(交差道路に一時停止標識があることを考慮しても、西部車両がすでに左折を開始し、本件交差点の一〇〇メートルも手前から、小林智司が、前方注視と交通誘導員の合図の双方でそれを確認できたこと、それにもかかわらず、かなり接近してから西部車両と停止合図に気がついていること、西部車両が左折を開始した時点では、東毛車両を発見することは不可能であったこと、現実に、交通誘導員が西部車両を左折させ、東毛車両を停止させようとしたことは、小林智司に不利益な事情として重視せざるを得ないし、交差道路に一時停止標識があり、かつ、左折に時間がかかることは、左折に際し、より慎重な配慮が必要とされる点で、松本真司に不利益な事情として重視せざるを得ない。)に照らすと、本件事故に寄与した松本真司と小林智司の過失割合は、松本真司が二割、小林智司が八割とするのが相当である。
二 被告テイケイフォースの責任原因
一1(一)で認定した事実によれば、松岡久吉は、交通誘導員として成し得るべきことはしたということができる。もっとも、公安委員会から指導を受けている停止の合図は、誘導灯を頭上にかざして振幅を小さくして数回振り、最後に、地上に平行に降ろす方法を側道で行うというものであり(証人松岡久吉)、松岡久吉が、現実にした合図は、これとは若干異なるものである。しかしながら、走行車線上で、東毛車両に対し、正面を向いて行っている以上、現実に取った合図が進行を示すものであるとの誤解を生じさせることはまず考えられない。たしかに、小林智司は、進行の合図と誤信している。しかし、小林智司が、その後、衝突直前まで松岡久吉に気がついていないことに照らすと、小林智司は、松岡久吉が、一〇〇メートルほど離れた地点から、誘導灯を頭上にかざして左右に振ったところだけを見て進行の合図と誤信し、その後は、工事現場に気を取られるなどして、合図を最後まで確認しなかった可能性が考えられるから、小林智司が、進行の合図と誤信したからといって、松岡久吉の合図が不十分であったとは当然にはいえないというべきである。
したがって、従業員である松岡久吉に過失は認められないといえるから、被告テイケイフォースは、原告の損害を賠償する責任を負わない。
三 被告ケー・エフ・シーの責任原因
証拠(丙一、四、証人松岡久吉、三好吉太郎)によれば、被告ケー・エフ・シーは、日本道路公団から、本件工事を請負い、一社の下請けを介してさらに新栄産業株式会社に下請けをし、同社が、被告テイケイフォースに、工事現場及び周辺の交通規制や警備について委託をしたこと、被告ケー・エフ・シーが、浦和警察署長に対し、道路使用許可申請書を提出した際に添付した交通規制図には、保安員を本件交差点付近のほかに、本件交差点から約二〇〇メートルほど岩槻市方面に寄った地点の追越車線上に配置する旨の記載がなされていたこと、浦和警察署長は、平成八年九月二六日、被告ケー・エフ・シーに対し、道路使用を許可したが、その許可条件として、交通誘導整理員を二名以上配置することが規定されていたこと、東北自動車側の警備は、株式会社シンコウハイウェイサービスが警備をしたこと、本件工事に際しては、被告ケー・エフ・シーから現場監理を依頼された三好吉太郎が、工事期間中、現場代理人として、作業員や警備員らに対し、注意事項などの指示をしていたこと、本件事故現場には、松岡久吉のほかに一名が被告テイケイフォースから派遣されていたが、本件道路の交通誘導を行っていたのは松岡久吉のみであることが認められる。
この認定事実及び一1(一)で認定した事実を前提に判断するに、本件工事現場付近は、通行可能な車線が一車線で本件交差点が存在すること、そこからは、岩槻市方面から走行してくる車両を一〇〇メートル以上先に認識することはできないこと、道路使用許可条件として、交通誘導整理員を二名以上配置することとされていること、被告ケー・エフ・シーから依頼された現場代理人が現場の監理をしていたことを総合すれば、被告ケー・エフ・シーは、松岡久吉のほかに、被告テイケイフォースの従業員を起伏の頂上付近にさらに配置し、起伏を上ってくる車両を認識して、松岡久吉に連絡する役割の交通誘導を行うように指示すべき注意義務があったというべきである。ところが、被告ケー・エフ・シーは、この配置をしなかったのであるから、右注意義務の違反があったというべきである。
しかしながら、松岡久吉は、東毛車両の接近を把握することが遅れた結果、それに対する停止合図が遅れたわけではなく、東毛車両が起伏の頂上に達する以前に、すでに走行車線を降りてくる車両を停止できる態勢にあり、東毛車両を停止させることは可能であったのであるから、本件事故は、被告ケー・エフ・シーとの関係では、もっぱら、小林智司の前方注視義務違反から発生したもので、右の配置をしなかったこととの間に、相当因果関係を認めるには足りないというべきである(もっとも、松岡久吉が、東毛車両が起伏を上ってくることの連絡を受けたとすれば、東毛車両を停止するのではなく、そもそも、西部車両を左折させずに待機させ続けた可能性もあるが、東毛車両と本件交差点の距離関係からすると、西部車両を左折させた上で東毛車両を停止させようとしたことは不適切であったとはいえず、結局、起伏の頂上に交通誘導員を配置させたとしても、通常、考えられる以上に慎重な対応をとることができたかもしれないというにとどまる。)。
したがって、被告ケー・エフ・シーの注意義務違反と本件事故の発生との間には、相当因果関係はないというべきであるから、民法七〇九条に基づく責任は負わない。また、すでに述べたとおり、松岡久吉には過失は認められないから、松岡久吉を被告ケー・エフ・シーの被用者というか否かに関わらず、被告ケー・エフ・シーは、民法七一五条一項に基づく責任も負わない。
四 原告及び被告東毛トラックの損害額
1 原告の損害
(一) 車両修理費(請求額一四五万三三三〇円) 一四五万三三三〇円
原告は、本件事故により、西部車両の修理代金として一四五万三三三〇円を負担した(甲二)。
(二) 休車損害(請求額二四万四四〇九円) 二四万四四〇九円
原告は、平成八年七月から九月までの三か月間のうち、九〇日間で一日あたり、少なくとも二万二二一九円の収益を得ており、西部車両は修理の間、一一日間休車した(甲五)。
この事実によれば、原告は、本件事故により、西部車両の修理期間中、これを使用できないことにより、得べかりし収益として二四万四四〇九円の損害を被ったということができる。
(三) レッカー回送費(請求額三八万五四二六円) 三八万五四二六円
原告は、事故直後、西部車両を、いったん浦和市内にレッカー移動した上、原告の本社所在地である広島県福山市までレッカー移動し、この費用として、合計三八万五四二六円を負担した(甲三、四、証人松本真司)。
(四) 過失相殺
(一)ないし(三)の合計金額二〇八万三一六五円から、松本真司の過失割合二割に相当する金額を減額すると、一六六万六五三二円となる。
(五) 弁護士費用(請求額四八万円) 一七万円
審理の経過、認容額等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一七万円とするのが相当である。
2 被告東毛トラックの損害
(一) 車両修理費及びレッカー代(請求額二八八万七五〇二円) 二八八万七五〇二円
被告東毛トラックは、本件事故により、東毛車両の修理代金及びレッカー作業代として、合計二八八万七五〇二円を負担した(乙一)。
(二) 休車損害(請求額三一万三六一六円) 三一万三六一六円
被告東毛トラックは、平成八年七月から九月までの三か月間のうち、東毛車両を七一日間稼働させ、一日あたり、少なくとも一万九六〇一円の収益を得ており、東毛車両は、修理の間合計一六日間休車した(乙二)。
この事実によれば、被告東毛トラックは、本件事故により、東毛車両の修理期間中、これを使用できないことにより、得べかりし収益として三一万三六一六円の損害を被ったということができる。
(三) 過失相殺
(一)及び(二)の合計金額三二〇万一一一八円から、小林智司の過失割合八割に相当する金額を減額すると、六四万〇二二三円となる。
(四) 弁護士費用(請求額四八万円) 七万円
審理の経過、認容額等の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、七万円とするのが相当である。
第四結論
以上によれば、原告の被告東毛トラックに対する本訴請求は、一八三万六五三二円及び平成八年一〇月一五日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告東毛トラックの原告に対する反訴請求は、七一万〇二二三円及び平成八年一〇月一五日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があり、原告の被告東毛トラックに対するその余の本訴請求、原告の被告ケー・エフ・シー及び被告テイケイフォースに対する各請求、被告東毛トラックの原告に対するその余の反訴請求はいずれも理由がない。
(裁判官 山崎秀尚)